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毒親から逃げる

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曇り空の中の桜の枝

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電話口の義母

部屋の電話鳴った。

HSP気質の私は、もう誰がかけてきたのかわかっていた。

一呼吸して受話器を握った。

「メロンありがとう。」唐突に電話口の義母が話し出した。

いかがでしたか?おいしかったですか?と話しかける。

長い沈黙の後、義母は言った。

「あんまり美味しくなかったわ。」

そうですか。まだ熟していなかったんですかねとメロンのせいにして話を終わらせようとした。

しかしそれを打ち消すように、「もう食べきれないから送ってこなくてもいいわ」という。

他人が聞けばギョッとするような心無い会話だが、今から思えば義母は、発達障害(ADHD)じゃないだろうかと思うのだ。

人との正常な付き合いができない。心無い言葉を話してしまう。

当時(30年前)には、その発想がなかったがゆえに、夫と結婚して義母との付き合いが始まってから、心が折れて疲れ果てていた。

本当に苦手な人なのだ。

そして息子でもある夫は、私以上に母親が苦手なのだ。

まだ若い時は、自分が至らないところがあるのだろうかと思ったが、どう考えてもおかしいのは義母なのだと50過ぎて気づいた。

「もしかして大人の発達障害?」

そう思えば、色々合点がいくことが沢山あった。

  • 私たちの新居を勝手に決める(突然、あなたたちはここに住みなさいとマンション購入)
  • 毎日電話で「今何してる?」と聞いてくる。一回じゃなく一日3回、朝昼晩。
  • 突然家にやってくる。約束もなく訪問するので非常に困った。
  • 大量のお歳暮お中元。20以上の商品を一度に注文して送ってくる。毎回ヤマトさんに笑われた。
  • 私たちの娘の成人式の着物が安っぽくてみっともないとあざ笑う。

今考えると色々おかしい義母だったが、義父が義母とは全く反対の本当に良い人すぎて、彼のために私達は、色々我慢していた。

「腐った魚」事件

義母のおかしな振る舞いもしょうがないことだと思っていた時、決定的なことが起こった。

日曜日の夜、夫と2人、楽しく食事をしていたらまたいつものように電話が鳴った。

何か不吉な予感がして夫に電話をとってもらった。

「青葉のお父さん(私の父)が腐った魚を贈ってきて非常識なのよ。だからあの女(私)と結婚するべきじゃないと私があれだけ言ったのに、お前は全く聞かないから。」と義母が電話口でまくし立てた。

夫は驚いて、君のお父さんがそんなことするのか私に聞きただした。

私の両親は、義母がどんな人か知っているので、私のために出来るだけ関わらないようにしてくれていた。だから義母が言うように突然贈り物をすることなど考えられないと思うんだけどと夫に話した。

電話口では、私に対する激しい憎しみを込めた言葉が聞こえている。

「あんな女(私)なんか嫁にもらわなければよかったのよ」と叫ぶ義母。

いつもは温厚な夫が、みるみる真っ青になっていった。

ついに「いい加減にしろ!」と声を荒げて、電話を切った。

ほんの10分前までの日曜日の呑気で幸せな時間が壊されて、沈痛な悲しみに覆われた時間だけが残された。

義母の言うように私の両親はそんなことしたんだろうかと疑問が浮かんだ私は、両親に電話をかけた。

電話をかけると、私たちと同じようにくつろいだ日曜日の夜をおくっていた母が穏やかに電話に出た。

「義母さんに何かあげた?」と唐突に母に聞いた。

母は私が何をいってるのかわからないようだったので、ことの顛末を簡単に伝えた。

お魚を義母さんちに贈ってくれたの?と母に聞いた。

「何にもあげてないわよ。あちらには。」と母が静かに答えた。

あ、そう。私たちはすべてに合点がいった。

義母の作り話だったのだ。

私の母には、心配させたくないと思い「義母さんの勘違いみたい。ごめんね」と話して電話を切った。

母の私を心配する声が耳に残った。

「青葉、大丈夫なの?」

うん大丈夫だよ、お母さん。

やっぱりおかしいのはあの人だと分かったから。

おかしいのは、私じゃないって分かったからと心の中でつぶやいた。

春にして君を離れ

自分勝手で子供達全員から嫌われて敬遠されている義母は、

アガサ・クリスティ「春にして君を離れ」のジョーンにそっくり。

この小説を読んだ時、義母を思い出した。

と同時に、こんな人は世界中にいるのだ。

私たちだけが、ひっそりと苦しんでいたが、ありふれた事なんだ。

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感想(30件)

自分が変わるより、相手が変わるべきなのだ、悪いのは、自分ではなく周りだといつでも声を荒げていた義母。

夫は、子供の時から母親が嫌いすぎて高校を出るとそそくさと家を出た。出来るだけ距離をとって心のバランスを取るために遠い学校を選んだ。

私と結婚が決まって、何があっても青葉を守るからあの人のことは心配しなくてもいいと話した。

その言葉通り、いつでも私に味方になったくれた。

「腐った魚」事件から、夫は義母と絶縁するといって連絡を絶った。

今年の春、あれから7年が経とうとしていた。

絶縁すると言いながらも折々に義父とは連絡しあってはいたのだが、今月に入って義母の認知症も一層進んで歩くこともままならなくなり、病院に入院することになった。

今から考えると腐った魚事件は認知症の始まりだったのかもしれない。

「義母さんに会いにいく?」と夫に聞いた。

絶対に嫌だ。俺がどんだけあいつに苦しめられたか知ってるだろう。本当に嫌いなんだよと夫は静かに話した。

「でもお義父さんのためにも、何かあったら力になるようにしようよ。」と話したら少し表情が和らいだ。

人間関係において100%どちらが正しいとかはなくて、自分にとって合わない受け入れ難い場合は、いつでも距離を置く事や逃げていいんじゃないか。

親子関係であっても、相手の言動や行動が気になるときは物理的に距離を置くのも仕方がないことだし、それを無理矢理親子だからこうしなければいけないという強制も、しばしば人を不幸にするとこの歳になって思うようになった。

全ての人が「サザエさん」のような仲良し家族にならなくても良いのだ。

人それぞれ、顔が違うように性格や考え方も違うのだから、それぞれの立場で他者を傷つけない、そして自分自身を責めて落ち込まないように自身をコントロールすること。

そして自分ができることをやれたらそれでいいんじゃないかと夫と話した。

毒親であろうとなかろうと人は歳をとる。

あれほど全てを支配して夫と私を苦しめていた義母が、弱っていく。

息子である夫は、介護を含めて全てを放棄して盛大な復讐をする事だって出来るのだ。

そう完全に子供と立場が逆転してしまった。

鍵は、こちら側にある。

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感想(4件)

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