初めに
YouTubeのおすすめに上がってきた動画を、何気なく再生してみた。
最初は軽い気持ちで見始めたが、しばらくして内容がただ事ではないと感じた。
語気を強めて訴える彼女の姿には、時折こわばった表情が見え隠れしていた。しかし、体の震えが止まらない中でも懸命に告発する姿に、私は心を打たれた。
この動画について私ごときが意見を述べて良いのだろうかと迷い、筆を止めかけた。それでも、同じ年頃の娘を持つ親として、衝動的にこの思いを記すことにした。
どうか、彼女のことを真剣に考え、行動する方が一人でも増えますように。
震える彼女
動画の全編で、語気を強めて告発する彼女の姿から、彼女が相当な心理的プレッシャーを抱えていることが伝わってきた。そして同時に、彼女の勇気ある行動に心から賛同したいと思った。
しかし、動画を最後まで見た後、「どれほど辛かったのだろうか」と被害者である彼女の気持ちに胸が締め付けられた。動画内で彼女は発言しながら、「ずっと体が震えています」と語っていた。その一言に、彼女の心身がどれほど追い詰められているのかを思い、心配の念を禁じ得なかった。
時折ふざけるように声が裏返る場面もあったが、それは相当なプレッシャーやストレスの中で無理に明るさを装おうとしていたのではないかと感じた。
また、当時の被害状況を語り始めた彼女は、被害の最中に『受容してしまった』ように感じたり、『気にしないように努める』ことで耐えていたと語っていた。時には、精神的に奮い立たせるためにアルコールに頼ることもあったという。
本能の防御反応
この話を聞いた瞬間、私は随分前に読んだダニエル・キイスのノンフィクション小説『24人のビリーミリガン』を思い出した。
ビリーミリガンは幼少期に父親の自殺や義理の父親からの虐待という壮絶な経験をし、それが彼の多重人格(解離性同一性障害)を引き起こした要因とされている。
ビリーミリガン同様、彼女も過酷な状況の中で、自分の心を守るために「気にしない私」「強い私」という防衛反応を無意識に作り出し、その苦しみを乗り越えようとしていたのではないだろうか。
さらに彼女自身、「その行為を受容していた自分が悪い」と感じ、自分を責めているようにも見えた。
しかし、性加害や虐待を受けた被害者がその瞬間を「受容してしまった」と感じるのは、多くの場合、自己防衛や生存のための心理的メカニズムによるものだ。
状況から逃れられないと感じた時、人は心を分離したり、現実から目を背けたりすることで、自分を守ろうとする。
これは本能的な行動であり、決して「加害者を受け入れた」という意思があったわけではない。そのため、彼女が自分を責める必要など全くない。
告発を阻む壁
こうした心理的な防衛は、多くの被害者が無意識に行うことだ。しかし、このメカニズムが一般的に理解されていないため、「被害者にも非がある」という誤解や偏見が生まれ、被害者への不当な非難が向けられてしまう。
これまでも性加害や虐待の告発には、『被害者にも非がある』『売名行為だ』といった批判が向けられることが多かった。このような被害者を非難する社会的風潮は、被害者にさらなる苦痛を与えるだけでなく、声を上げることをますます難しくしている。
また、今から30年ほど前に出版された、内田春菊さんの『ファザーファッカー』をご存じだろうか。
この自伝的小説では、著者である主人公が幼少期に受けた性的虐待や家庭内での暴力が描かれており、性加害の被害者が抱える複雑な感情や、加害者である父親との矛盾した関係性が赤裸々に綴られている。読んでいるだけで胸が痛くなるような内容だ。
作中で描かれる主人公の心情は、被害を受けながらもその状況から逃れることができず、加害者である父親を憎みながらも、自分を責めてしまうという葛藤を抱えている。そして、この本が出版された後、内田春菊さんは社会から大きな注目を集めたが、同時に「家族の恥を暴露した」と批判を受けることになった。
このように、性加害を告発する被害者が非難を受ける構造は、今回の青木歌音さんの状況とも重なる部分が多い。被害者が声を上げるには非常に高い壁が存在し、それは時代が変わっても依然として取り払われていない現実なのだ。
欧米では解離性同一性障害(DID)やPTSDなど、トラウマに関連する心理的メカニズムの認識が進んでおり、被害者を支援する文化が育っている。たとえば、映画やドラマでの描写や、専門的なカウンセリング機関の普及がその一例である。
海外では、日本よりも性的虐待やトラウマに関連する心理的メカニズムについての認識や理解が進んでいる傾向があります。特に、アメリカやヨーロッパでは、心理学や精神医学の研究が広まり、以下の点で日本と異なる状況が見られることがあります。
1. 心理的メカニズムの認知度
• アメリカでは、解離性同一性障害(DID)やPTSD(心的外傷後ストレス障害)の概念が一般に広く知られています。ビリー・ミリガンのような実例が多く報じられたことや、映画やドラマで取り上げられることが多いことがその背景にあります。
• 「凍りつき反応(フリーズ)」や「迎合(フォーン)」などの防衛反応についても、専門家の間で広く認識されており、一般の教育やカウンセリングの現場でも伝えられています。
2. 被害者への理解
• アメリカやヨーロッパでは、#MeToo運動をはじめ、性加害や虐待に関する告発の波が起こり、被害者の声を聞く社会的な土壌が強くなってきました。
• 被害者を非難する文化は依然として存在しますが、「被害者バッシング(Victim Blaming)」は問題視されることが多く、メディアや教育で啓発活動が行われています。
3. トラウマ治療の進展
• 欧米では、トラウマ治療が非常に進んでおり、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)など、被害者の心の傷にアプローチする治療法が発展しています。
• 性加害や虐待に関する専門のカウンセリング機関も多く、被害者が安全に話をするための環境が整っています。
4. メディアの影響
• 欧米の映画やドキュメンタリーでは、性加害の被害者がどのような心理的苦痛を受けているのかを描写する作品が増えています。これにより、一般の人々の理解が深まるきっかけになっています。
• 例: 映画『スポットライト』や『アメリカン・クライム』など。
日本との比較
• 日本では、「恥の文化」や、「世間体」を重視する社会的な価値観が、被害者が声を上げることを難しくしている場合があります。
• また、心理学や精神医学に対する社会的理解がまだ浅く、性加害やトラウマに関する教育が不足しているため、被害者への偏見が根強い現実もあります。
ただし、日本でも近年、性加害に関する告発や性教育の必要性を訴える声が徐々に増えてきています。SNSやメディアを通じた啓発活動が進みつつあり、少しずつ変化の兆しも見えます。
彼女の声を受け止め、支えるために――現代の「駆け込み寺」の必要性
青木歌音さんの動画を見て、賛同者が続々と増えている様子に希望を感じた。クラウドファンディングを通じた支援も少しずつ始まり、彼女の勇気ある行動が社会を動かし始めているのだと感じる。しかし、彼女が置かれている状況を見ると、その背後にある厳しい現実が浮き彫りになる。
彼女の動画には、多くの応援コメントが寄せられていたが、それと同時に「売名行為だ」「再生数稼ぎだ」といった心無いコメントも多く見られた。こうした声に触れるだけでも、被害者がどれほど厳しい社会的な偏見や圧力の中に置かれているのかを思い知らされる。そして、その偏見こそが、これまで多くの被害者の声を押さえつけてきた原因の一つなのだと痛感した。
さらに動画の中で彼女自身が語っていたのは、所属していた芸能事務所から解雇通告を受けたという事実であった。勇気を持って告発した結果、支援者が増える一方で、彼女自身は大きなリスクを背負い、非常に困難な立場に立たされている。
声を上げることのリスクと、その先にある希望
彼女が語った『震えが止まらない』という言葉が、私の心に刺さった。声を上げることの恐怖と重圧の中で、それでも行動を起こした彼女の勇気には、希望を見出すべきだと感じるのだ。
彼女のように告発する人々にとって、恐怖や不安、そして精神的なプレッシャーは計り知れない。彼女が「ずっと体が震えている」と語っていたのも、その重圧の一端であろう。私が彼女の動画を見て最初に思ったことは、「どうすれば彼女を安全な場所に連れて行けるのだろう」ということだった。その衝動がこの記事を書く動機となっている。
現代の日本社会では、こうした被害者にとって安心して身を寄せられる「安全な場所」がまだ十分ではない。そこで私は、昔の時代劇などに登場する「駆け込み寺」のような存在が、令和の時代にも必要ではないかと考えた。性加害や虐待の被害者が安心して逃げ込み、支援を受けられる場所、それが「現代の駆け込み寺」である
現代の「駆け込み寺」の必要性と課題
性加害や虐待の被害者が安全に支援を受けられる施設や仕組みは非常に重要です。しかし、現実には以下の課題が残されている。
1. 支援施設の不足
• 日本には女性相談支援センターなどの相談窓口があるが、対応できる範囲が限られていることが多く、十分な隠れ家やシェルターが整備されていない。
2. 偏見や社会的圧力
• 被害者が助けを求めようとしても、「恥」や「自己責任」といった偏見が根強く、支援を受けづらい状況が存在する。特に性加害の問題では、被害者が二次被害(批判や中傷)にさらされることが少なくない。
3. 専門家のサポート不足
• トラウマを専門とするカウンセラーや弁護士の数が不足しており、被害者が必要なサポートにたどり着けない場合がある。また、これらの支援があること自体を知らない人も多いのが現状である。
必要なアクション――具体的な支援の形
1. 駆け込み寺的施設の拡充
• 被害者が匿名で相談できる場所やオンラインサービスを増やし、緊急時には物理的に身を寄せられるシェルターを整備することが必要である。
2. 周知活動の強化
• 支援施設や相談窓口の存在を、被害者に広く知らせるための広報活動を強化する必要がある。学校教育や地域での啓発活動もその一環である。
3. オンライン駆け込み寺の整備
• 現代の技術を活用し、匿名で安全に相談できるオンラインプラットフォームを整備することが重要である。例えば、24時間対応のホットラインやチャット相談フォームなどが有効である。
現時点での支援窓口の情報
この記事を読んで、何か行動を起こしたいと感じた方へ、以下の支援窓口をご紹介します。
• 全国女性相談支援センター
全国共通短縮ダイヤル「#8778(はなそう なやみ)」で相談が可能です。一部の地域や回線では利用できない場合がありますが、各都道府県のセンターに直接お問い合わせいただけます。
• 厚生労働省 女性支援ポータルサイト「あなたのミカタ」
性加害や虐待に関する相談窓口や支援情報を提供しています。
👉 あなたのミカタ公式サイト
• その他の支援団体やNPO法人
各地域で活動する支援団体の情報は「あなたのミカタ」などのポータルサイトからご確認いただけます。
まとめ――声を上げる人々を支えるために
青木歌音さんの勇気ある行動は、多くの人に考えるきっかけを与えた。しかし、声を上げることは依然として大きなリスクを伴う。彼女のような告発者が安心して行動できる社会を作るために、私たち一人ひとりが何をできるのかを考えることが求められていると強く思う。
青木歌音さんのように声を上げる人々を支えるために、まずはこの問題について知り、周囲と共有することから始めてみようと思う。